異形の地形

2003.4.15 | TEXT

 

realtokyo11-01

人類は全員が変態だと思う。

僕は昔からダイアン・アーバスという写真家が好きだったのだけど、彼女はフリークスと呼ばれる、ちょっと異様な身体を持つ人々をとり続けた。でも、それは偶然にもその部分が身体の外に表出しているだけで、誰しもそういう部分を持っている。それが内部か外部か程度の差異しかないんじゃないだろうか。フリークスは社会や自分の鏡のようだ。それを撮り続けたアーバスは自殺してしまった。

よくよく見てみると、東京にはそんな土地がたくさんある。あるだけではなく、売っていたりもする。小さすぎて車一台も停まらないような土地、細長くて廊下のような土地、入口の幅は数十センチで奥は広々とした土地、決して新しい建物を建ててはいけない土地・・・売っているのは本当に不思議だ。まあ、たいがいの場合は極端に安く、それでも売れ残っている。新しくモノを建てることができない土地を買う人は、そうは現れない、当たり前だ。

僕は、そういった場所が気になって仕方がなくなり、いつしかフリークスと呼ぶようになった。彼らをじっと見て、その地形がいったいどういった経緯でできてしまったのかを想像するのが好きになった。
六本木ヒルズのような巨大なビルがニョキニョキ建ち上がっていく不気味な風景や、ある日突然誰も気が付かないうちに代々木にハリボテのエンパイアステートビルが建っていたりするシュールな風景もいい。逆に密集した街区が削られながらありえない地形をつくっていくのも、また同じような迫力がある。ゼンリンの住宅地図は物語の宝庫だ。

ある日、議会で新しい計画道路を通すことが決まり、大半の部分をバッサリ収用され10平米くらいの三角形の土地が残ってしまっている。980万円。高いのか安いのかまったくわからない。

道路に数十センチの幅しか面していない土地、しかもそこにはボロ家が建っていて「再建築不可」、すなわち新しい建物を建ててはいけないことになっている。麻布で800万円。これまた高いのか安いのかわからない。

東京を丁寧に見ていくと、こういう異形の地形がたくさんある。これらの地形は自然の力で曲げられる大地と同じように、人の力でねじ曲げられてしまう性格と同じように、制度やシステムや、絡み合う欲望や利害によってゆっくり力が掛けられ、次第に変形していったものだ。

その土地の経緯を見ることは、その街の歴史を見るようである。東京を見るようである。

アーティストの中村政人さんの家もフリークスだった。
『広告』の最新号で取材をさせてもらった。そこにも東京のリアリティがつまっていた。四方をビルや民家に囲まれ、道路に通じるのは幅2m程度の路地だけ。もっとも隣に近接している部分は隣地距離が数センチ。再建築不可。立面図がほとんどない家。

古本屋カフェのNonもフリークスだった。四畳半のカフェ。それでもちゃんと成り立っている、どころかなんとも心地いい空間なのだ。渋谷の、のんべい横町の居酒屋と居酒屋のスキマにある。そこにスッポリ収まっている。この場合はとても素直なフリークスではある。
欧米のいくつかの大都市ではスキマという概念が希薄だ。というのは建物もびっしり建ち、スキマはあるにしても猫さえ通れない場合が多いから。敷地境界線が線的に存在している。イスラムのいくつかの大都市にいたっては、スキマどころか境界さえない。隣の家の外壁が我が家の内壁になっている。そうやって増築をしてゆくので、結果としてモロッコのフェズに代表されるような迷路の街ができあがる。彼らには、スキマという概念がない。秩序がまったくないという意味で見事に統一感があり、それがしっかりとしたイスラムの秩序のように思える。この街の航空写真は、均質で美しい。

撮影:阿野太一

撮影:阿野太一

東京はフリークスが点在する。
そこに東京が写り込む。

 

*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「異形の地形」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)

六本木ヒルズとR-project

2003.4.15 | TEXT

六本木ヒルズ

六本木ヒルズ

もうすぐ六本木ヒルズがオープンする。
僕はいつも不思議な感覚であの巨大なビルを見ている。それが廃墟のように見えるからだ。こう書くと誤解をされそうだけど、実は、僕はあのビルが好きなのだ。
特に六本木トンネルを抜けて目の前がその巨大な塊でいっぱいになる瞬間が気に入っている。忽然とそびえるそのボリュームの大きさに、ふと現実感を失い、へんな浮遊感を感じる。テナントが入る前の電気のついていない真っ暗な高層ビルは、SFで描かれた未来のようにも、廃虚となった遺跡のようにも見える。
そして僕は妄想する。あのビルは妄想を助長する不思議な力を持っている。それはたぶん、そのビルが妄想からつくられたものだからだ。
400年経ったとしよう。400年後も、たぶん建っているはずだから。

宮崎駿が描く未来都市のように、それは植物に浸食されている。温暖化で海水面が上昇し、足下は水で覆われている。
ロケットのようにも見える。そのまま空に浮いてどこかへ飛行していく。昔、そういうSFマンガを見た。都市ごと浮遊しているのだ。このビルはなぜかそれに似ている。
武装しているかもしれない。砲台が窓から突き出し、そこから火を噴いている。時期が時期だけに、この妄想はちょっと危ない。友人の小阪淳(REALTOKYOのアートディレクター)が描いたグラフィックの印象が呼び起こしたものだと思う。(http://www.jun.com/kosaka/sfm/tower.html
大友克洋の描く廃墟とは特に相性がいい。壁の一部がなくなり、向こう側が見える。そのなかで小さく動く人影がある。時々、落下している。ん、この妄想もやばい。
テーマソングは沢田研二の「TOKIO」だ。空を飛んだり、真っ赤に燃え上がったりしている。今の東京でこの歌が似合うのはここだけだ。

とにもかくにも、あのビルを見ていると妄想が暴走する。でもそれは確かに建物として存在している。あのビルの中に入ると巨大なアンリアルのなかに、なんだか溶けてしまいそうだ。
こんなことを、六本木ヒルズを推進する森ビルの幹部に向かって、混雑する最終電車のなかで話したことがある。もちろん酔っていた。
都市は、やはり人間の巨大な妄想を引き出す装置じゃなきゃいけない。

 

さて、僕は正反対のことをやっている。R-projectは、たぶんそれと補完関係にある。妄想の足元の雑多なカオスもまた僕は好きなのだ。
東京は永遠に拡大していくものなのだと、なんとなく思っていた。でも、どうもそうでもないらしい。巨大都市の盛衰の周期は歴史的に見て400年程度であると都市計画家の尾島俊雄が述べていたが、東京も例外ではないのかもしれない。僕らはその減衰の縁の部分にいる。
この40年を見ただけでも、日本の建物の床面積の合計はなんと4倍になっている。一方、人口は1.2倍しか増えていない。建物をつくり過ぎたことは明らかだ。でも、やっぱり僕らはつくり、壊す。
2003年は、東京にとって重要な意味を持つ年になるかもしれないと思っている。21世紀の幕開けは静かにやってきて静かに過ぎていったように見えたが、実はこの2003年が都市の価値観をスイッチするのに適切なタイミングのように思えるのだ。今までのあらゆることのツケの結果が、この2003年に一度出てしまう。もうすぐ戦争も始まる。

合羽橋の物件

合羽橋の物件

合羽橋で10年以上廃墟だったオフィスビルをコンバージョンした物件を見た。おそらく、日本で最初の本格的な住空間への機能転換を図ったものだ。もちろん、法的には住居というカテゴリーではなくあくまで「オフィスに寝る空間とシャワー空間がある」だけっていう扱いでしかないが。住人たちがとてもいい過ごし方をしていた。家賃も安かった。まだ空いている部屋があるらしいので、興味ある方は連絡してみるといい。(0120-296-429 Lives編集部)

池尻中学校のプール。体育館の屋上がそのままプールに。空中プール

池尻中学校のプール。体育館の屋上がそのままプールに。空中プール

R-projectではどこか廃校を見つけて、何かがやれないかと眈々とねらっている。R-bookでも取材した、、NYのPS1という小学校を現代美術館にした事例が印象的で、そんなことをやってみたいと、ずっと思っていた。そこは若いアーティストの登竜門になっているのと同時に、地域コミュニティの核にもなっていた。その格好の物件を見つけた。世田谷の池尻中学校が来年、廃校になってしまうのだ。あんな人口の多いとこ、およそ信じられないが本当らしい。世田谷公園の隣、三宿交差点の直近、あらゆる条件が揃っている。さて、ここでどんなことを起こすのか。4月5日(土)13:00~、現地を見ながら、それをみんなで考えるイベントを行うので、ヒマな人は是非。とくにプールがいいんだ。

 

*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「六本木ヒルズとR-project」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)

ポテンシャルビルディング

2003.4.5 | TEXT

 

realtokyo9-01

本格的に日本橋で物件を探し始めている。
事務所も日本橋につくりたいと思っている。
建築写真家の阿野くん(R-projectの本『都市をリサイクル』の写真を全部手がけた)が、日本橋小伝馬町に倉庫を見つけ、住居×スタジオ×仕事場×ギャラリーにコンバージョンしようとしている。信じられないことに、木造3階建て、一部4階ロフト、一部地下あり、貨物用のエレベーターがついてて、1階の天井高が4m・・・。200ð弱mもある。神田駅にだって歩ける。家賃は20万ちょい。原状回復義務なし。信じられん。改装にはかなり豪快さと覚悟が必要な倉庫だけど、それにしてもおもしろい。僕らは、いつのまにかにこういった物件を「ポテンシャルビルディング」と呼ぶようになっていた。

普通のビルオーナーから見ればただのボロビルも、僕らデザイナーから見ると味のあるビルであることも多い。オーナーにとっては周辺相場より安くしか貸せないかもしれないが、それでも空室のまま放置しておくよりはずいぶんいい。街に活気も出てくるはず。この事例が注目されることになれば、いったんは下がった不動産としての価値が再認識され、高値売却への呼び水にもなるかもしれない。死んだビルに新しい機能を吹き込むことで、それは復活する。

重要なのは認識のスイッチを切り替えることだ。狭くて古いオフィスや倉庫を広くて味のある住居へ、地味な東京の東を便利で歴史のあるエリアへ、寝かせているよりは安くても流動させる方へ、そして経済に縛られるデザインではなく経済をアフォードするデザインへ。そもそもデザインの領域を再認識するのがR-projectだった。そういう意味では、「ポテンシャルビルディング」を探すことがすでにデザインの始まりであるはずだ。都市のなかの見えないものを見ようとする努力も、今、とても大切なことのように思える。
そうそう、3/10に出版される『Invitation』に、この倉庫の改装前のまったく手をつけない状況が出るはず(取材は今週)。

R-projectの一連のスタディのために、今さまざまな雑誌から取材や編集の相談を受けている。その一つ『広告』では大きな特集を組んで、具体的なR事例を「東京R」と呼んでレポートしている。その取材のなかでは、アーティストの中村政人さんのトライアルも刺激的だった。書き出すと長いので、まずは下記のHP へ。
http://www.commandn.net/~momiji/

realtokyo9-02
不動産業界用語で「旗竿地」という新築の建物を建ててはいけない不思議なかたちをした土地があるのだが(敷地が道路にほとんど接地していない、旗のようなかたちの取り残された土地)、彼はそこの古い民家を借りて、自分たちの手でつくり変えている。その大胆さは新築よりもよりドラスティックだった。インタビューのなかでも中村政人さんは、都市の再認識の方法と、そこへアクセスするための具体的な方法、そしてそれに伴う身体性、リアリティについて話していた(4/1発売の『広告』に詳細)。視線の方向にはとても共感できた。
都市が再編集されるときなんだと思う。

気になることがある。
みずほ銀行や三井住友銀行が海外の基幹投資家向けの株を発行して増資しようとしている。最近まではそれは遠い世界で起こっている、よくわからない出来事だったのだけど、最近はR-projectで、ちょっぴり不動産やら資本の世界と触れることができることになって、その行為の意味するところをリアリティを持って感じることができる。

R-projectという都市の再認識のプロジェクトを始めておよそ1年半。その間に、プロジェクトに興味を持ってドアを叩いてくれる金融関係者や不動産関係者がたくさんいて、それによって僕も新しい世界に接することができている。がしかし、そのなかでまったく出会わない人種がいる。それが日本の大手銀行の人々である。彼らがもっとも多くの不良債権を持っているにもかかわらず、だ。おそらく日本の大手銀行は自分たちの所有する不良債権を「処理」することにしか興味がなく、それを自分たちの手で「魅力的に改善」していくという選択肢をまったく持っていないというのが、ほんとに実感できる。そうして処理された土地やビルは、外資が二束三文で買って瞬時に売りさばく。これって経済的な手法による占領じゃん? さらに銀行は「増資」という方法で海外から資金を調達して延命しようとしている。いつのまにかに不良債権を処理し終わった頃、きれいになった後の大手銀行の大きな資本比率を外資に握られていることになっている。処理される土地や不動産もまた外資を通り、差額の分は日本の資本がそのまま外国に流れる。こうして入口と出口の両方で大きなロスをしている。
僕は金融や経済の専門家では、もちろんないので建築やデザインというフィルターから見ているだけだが、それでも不思議なことだらけだ。
不良債権を膨大に持っている日本の銀行こそが、その価値を復活させるべくR-projectに興味くらい持ってもいいんじゃないかと思う、外資の前にね。それが釈然としないんだよなあ。

日本橋のポテンシャルビルをもうひとつ。

ある不動産会社に、こんなオフィスビルは住宅にならない?と言われた。窓からの風景はすごい。

ある不動産会社に、こんなオフィスビルは住宅にならない?と言われた。窓からの風景はすごい。


先日発見した例えばこのビルは、交渉前から7000円/坪だった。屋上からの眺めは、きっと花火のときなど最高だろう。浅草橋の交差点のすぐ近く。カフェやったり、住んだりしたい人、いませんか?
3月の終わりにでも、日本橋ツアーやろうと思ってます。

注目物件は、こんな感じ

注目物件は、こんな感じ

 

*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「ポテンシャルビルディング」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)