「3.11以後の建築展」不確定な時代のなかの、建築家たちの試行錯誤

2015.5.1 | TEXT

今、金沢21世紀美術館で、興味深い2つの建築の展覧会が同時に行われている。一つは「ジャパン・アーキテクツ展」といい、戦後の日本の建築シーンの推移が、フランスのポンビドゥー・センターの建築キュレーターであるフレデリック・ミゲルーによって展示されている。

もう一つが「3.11以後の建築」と題され、建築史家の五十嵐太郎とコミュニティデザイナーの山崎亮による共同キュレーションで企画されている。震災を境に戦後、そして3.11以後という2つの時代の塊を繋げたかたちだ。その差異と連続性について改めて浮かび上がらせようというのが21世紀美術館の意図であろうか。僕は3.11以後の建築の中で、2つの立場から出展する機会をもらった。一つは東京R不動産である。建築家の役割の拡大というカテゴリーの中で、今までばらばらだった建築と不動産との架橋について表現しようとするものだった。もう一つは東北芸術工科大学でこの数年間、竹内昌義らと一緒に作ってきたエコハウスを出品している。

ジャパン・アーキテクツ展の展示風景を眺めてみると、そこには戦後日本のターニングポイントとなる数多くの図面のオリジナルや模型が多数並べられている。50年という時間の中で、焼け野原になった日本が急激に発展し、現在の都市を形成してきたプロセスは、そしてその中で建築家たちが構想し実現していった世界は、世界の文化史、都市史の中でも極めて重要な意味を持つことが再認識できる。その躍動した時代を感じながら展示郡の中を歩いた。

その次にやってくるのが、3.11以後の建築群である。その建築家達の試行錯誤は、さっきまで見てきた戦後の、ものを、そして造詣を作り上げようとする欲望に素直な時代とは打って変わり、社会や地域や人々の中で、一体建築という物体がどうあるべきか、それがどう作られるべきか、ということを明るく前向きに考えようとする試行錯誤そのものだった。結果的に展示空間自体は、今までの概念の建築の展示とはかなりかけ離れ、まるでお祭りのプロセスを表現しているかのようだった。

これらはまだ時代の評価を得たものではなく、あくまでも試行錯誤の段階。それがまとめられないままに、散らかった時代の状況を象徴するかのように展開されたものだ。これらの動きがその後歴史となって眺められたとき、どのように見えるかはまだわからない。しかし、この不確定な時代の中で僕らが一体どういう方法で空間を作っていこうとしてきたのか、その瞬間を切り取った展覧会として、とても意義深いもののように思う。北陸新幹線も開通することだし、是非見に行ってみてはどうだろうか。

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*こちらの記事は季刊誌『オルタナ39号(2014年12月16日発売)」に掲載された記事です。オルタナ

(文=馬場正尊)