万世橋の再生

2014.3.15 | TEXT

1912(明治45)年、中央線神田-御茶ノ水間に誕生した旧万世橋駅(東京・千代田)。連続したアーチの美しさと力強さを残したまま、2013年、商業施設として生まれ変わった。ここにリノベーションの醍醐味がある

1912(明治45)年、中央線神田-御茶ノ水間に誕生した旧万世橋駅(東京・千代田)。連続したアーチの美しさと力強さを残したまま、2013年、商業施設として生まれ変わった。

 

古い建物を再利用して思うことがある。ベースの空間に魅力があればあるほど、そこに添えるデザインは難しい。過剰に何かを加えたり、汚れた部分を塗装で隠そうとすれば、厚化粧したように本来空間が持っていた力を奪ってしまう。かといって制御し過ぎると、まるで何もしなかったように見えてしまう。デザインに絶妙なさじ加減が必要になってくるのだ。残すところは大胆に手をつけず、要所でキリッと違和感のある素材や強い色を挿していく。そんな操作がリノベーションの醍醐味でもある。

この万世橋の再生は、まさにその玄人技術の集積によって設計されている。控えめに、丁寧に既存空間と向き合っているのが伝わってきた。設計は「みかんぐみ」。今までも横浜のBankARTや、鹿児島のマルヤガーデンズなど多くのリノベーションを手掛けている。

連続するアーチの形状と質感をそのまま見せるために、天井には空調はおろか照明もない。床からの吹出で空調をコントロールし、照度はアッパーライトに頼っている。無骨な庇をよく見ると、そこにはスリットが切ってあり、空調ダクトを兼用している。天井に余計なノイズを入れないための苦肉の策だろうが、それがデザインに還元されている。この空間で試されているのはデザインの存在感を消すこと、すなわち「見えないデザイン」なのだ。

建物の立地は奇跡的だ。リノベーションでしか成立し得なかっただろう。レンガとコンクリートの荒い地肌の階段を昇って二階のカフェにたどりつくと、そこにはシュールな風景が待っている。

もともと駅のプラットフォームがあった場所をガラスで囲っただけのシンプルな空間。しかしその両側は線路だ。中央線の上下線が、背中のすぐ後ろを走って行く。吊り革につかまった乗客と目が合ってしまいそうな距離感だ。他ではちょっと味わえない不思議な経験だった。

この奇跡の立地はプラットフォームのリノベーションでしかあり得ないだろう。

未知の魅力を抱えた産業遺産のような空間が、まだ東京のどこかに眠っているのではないだろうか。

 

*こちらの記事は季刊誌『オルタナ35号(2013年1月16日発売)」に「万世橋再生と見えないデザイン』」というタイトルで掲載された記事です。

オルタナ

(文=馬場正尊)