二つの仕事

2005.9.5 | TEXT

 

工事中の馬喰町の現場 ざっくりとした空間は、好きな人にとってはたまらない

工事中の馬喰町の現場
ざっくりとした空間は、好きな人にとってはたまらない

偶然にも10月1日に、設計を続けてきた二つのコンバージョン物件が竣工する。この日は、CET05(セントラルイースト東京2005。東京の東側を舞台にしたイベント)のオープニングでもあるので、なんだか印象的な日になりそうだ。

二つの仕事のうち、一つは門前仲町、もう一つは馬喰町に建っている。奇しくも両方ともCETエリア(東京イーストサイド)に位置している。これはおそらく偶然ではなくて、時代と場所が求めていたからだと思う。 この二つの仕事は、立地と竣工日以外は、あらゆる意味で対照的。門前仲町のプロジェクトは、クライアントは三井不動産。業界最大手企業が始めて仕掛けるオフィス→集合住宅のコンバージョン物件だ。10階建て、28戸と、オフィスコンバージョンにしては規模も大きい。社会がこの現象を受け入れ、そして一般化に向かう入口に立ち会うようで、僕はこの仕事ができて、本当によかったと思っている。

一方、馬喰町のプロジェクトは、勇気ある個人投資家が築40年弱の古いビルを購入し、それを再生したもの。予算にすれば、1/10くらいなのだが、小さいからこそ工夫に溢れたものになっている。オーナーは最近まで証券アナリストで、株の世界で勝負してた人。「見えない株じゃなくて、今度は目に見える空間で仕事を」ということで、不動産投資へ切り替えた、ということだ。この仕事で大きいのは、個人でも確かな目とビジネス手法があれば、こういった試みに参画できるということを証明している点。僕はこういう方と仕事ができていることを誇らしく思う。これもまた、個人と建築との、新しい関わり方の始まりだと思えた。今まで個人が家やマンションを手にしようとする場合は、自分の家が中心だった。でもこの馬喰町の場合はそうではないのだ。

門仲プロジェクト ぶち抜いた壁(窓になっている)からは、こんな風景が

門仲プロジェクト
ぶち抜いた壁(窓になっている)からは、こんな風景が

屋上テラスへの階段 ここを上れば、バスタブが転がるデッキに出る

屋上テラスへの階段
ここを上れば、バスタブが転がるデッキに出る

realtokyo22-04

デザイン手法も対照的、本当に同じOpen A(僕の事務所の名前)が手掛けたのかと疑いたくなるような差異がある。門仲のほうは、まるで新築のように仕上がっている。もともと築10数年と新しいオフィスビルだったので、その影響もあるが、三井不動産の厳しい仕様に耐え得るもので、細かいところにも気を配ったものになっている。はっきり言って住みやすい。もちろん、天井をブチ抜いて屋上にフロがあったり、壁をバッサリと壊して大胆なビューを獲得したりと、さまざまなやんちゃな工夫をしているが、総合的にバランスのとれた集合住宅に生まれ変わっている。

門仲プロジェクト。昔、オフィスだった場所ならではの、オフィスらしいでかい窓

門仲プロジェクト。昔、オフィスだった場所ならではの、オフィスらしいでかい窓

壁だったところをぶち抜いたら、すごくいい景色が現れました

壁だったところをぶち抜いたら、すごくいい景色が現れました

かたや、馬喰町は超ラフで、アーティストやデザイナーで空間を自分で作り込む人向きの空間だ。ロフトっぽい、ざっくりとした質感に、必要最低限の設備がついている、だけど安い。「選択と集中」という表現を使っているが、このタイプのコンバージョンでは、お金をかけるとことかけないとこを、極端に区別する必要がある。

この二つの仕事は、端的に、コンバージョンの極北と極南にある。内部が見たい方がいたら、下記に一般公開の内覧会を行うので、気楽に見学に来てください。

 

・門前仲町プロジェクト 9月21日 18:00~

・馬喰町プロジェクト 10月1日 14:00~15:00 16:00~17:00

 

詳しい空間の様子、場所などは東京R不動産のウェブサイトをご欄下さい。

当日の見学予約は「お問い合わせ」からメールでお願いします。

R-projectの立ち上げから、東京R不動産、CETというイベント、そしてオフィスコンバージョンや公開空地の再生など、この数年間、僕は憑かれたように、この種の仕事をやってきた。特別、リノベーションという作業を偏愛するわけではないが、この時期にしかできない、もしくは今着手し、デザインの在り方として定着させるべきことのような気がして、ひたすら走ってきたように思う。もちろん、現在進行形だが、具体的かつ多様なかたちで、それが残っていくことはうれしいことだ。図面、空間、本、ウェブサイト、イベントを通した記憶……。形式はどうであれ、それらは2000年代の最初、表現動向のある断面だと思う。

眠っていた空間が、ちょっとしたアイディアや思い切りで動き出し、見る見るうちに変化し、やがて人が住み、建物として生命を吹き返す。その刻々と変わるシーンを眺める作業を、僕は好きなのだと思う。新築のプロジェクトとは少し違う種類のドラマタイズがそこにはある。「変化」というものを、短時間に体感できるのだ。いろいろ考えるけれど、結局、この変化の空気とプロセスが、僕は好きなだけなのかもしれない。落ち着かない、変化への中毒患者のようなものだ。

すごく余談だが、CETのディレクター陣やスタッフ、クリエーターばっかだが、みんな選挙にちゃんと行ってたのが印象深い。「世の中よ、変われ」と思っている人たちと、「変わるな」と思っている人たちの選挙だったような気がする。

 

*こちらの記事はWEBマガジン「REAL TOKYO」に「二つの仕事」というタイトルで掲載された記事です。

(文=馬場正尊)